この年でF1参戦3年目となったToyotaであるが、2004年シーズンも成績面では押しなべて大きな進歩は得られなかったというのが全体の印象である。しかしながらチームとして、そしてコンストラクターとして、着実に進化していることは間違いない。

2004年に獲得したポイントは総合9ポイントと、前年を上回ることはできなかった。

注目の開幕戦はダマッタ・パニスとも決勝では12・13位フィニッシュ。それでもパニスは予選2日目でエンジンストールし、18番グリッドからのスタートだけあって健闘したといえるだろう。

2004年初ポイントは第6戦モナコグランプリ。予選ではパニスとダマッタがそれぞれ予選13、15番手と落ち込んだものの、決勝では巻き返してダマッタが6位、パニスが8位に食い込んだ。

パニスがフォーメーションラップを2回もスタートできず、またダマッタもピットスルーペナルティを受けるなど、決勝でもいろいろな困難が生じた。それでいてダブル入賞を成し遂げられたことはまさにチーム力が高くなってきた証拠である。

第8戦のカナダグランプリではチームとしてピンチに立たされてしまう。レース自体は2台ともすこぶる安定した走りをみせ、ダマッタが8位、パニスが10位と健闘した。しかしレース終了直後、ToyotaとWilliams BMWにFIAから車両規定違反の裁定が下されてしまう。

フロント・ブレーキ・ダクトに違反があるとのことだったが、Toyotaはこれに対し「誤差の範囲内で許容できる」と主張。結果的に不服申し立てを行うまでには至らなかったが、シャシー部門のテクニカルディレクター、マイク・ガスコイン氏は「遺憾だ」としている。

第9戦アメリカグランプリではパニスがF1通算150戦目となる記念レースだった。予選終了後にはパニスを祝うパーティが開催された。

この記念レースでパニスがベテランの力を発揮する。予選で8番手につけ決勝への期待を膨らませると、本番では見事5位に入った。これは2003年ドイツグランプリに並ぶ最高位であった。11番グリッドからスタートしたダマッタは追突で車体にダメージを受け、その後持ち直すもののギアボックスの不調でリタイアとなってしまった。

ドイツグランプリ終了後、Toyotaはそれまでサードドライバーだったリカルド・ゾンタが昇格したと発表した。公式練習などで見せるドライビングテクニックを評価された形だ。次回ハンガリーグランプリより早速参戦することとなった。

そのゾンタの初レースは予選15番グリッドからのスタート。厳しい戦いが予想されたが、決勝になってゾンタは追突スピンで後退。その後も電気系トラブルが発生して31周のところでリタイアと、残念なレースとなってしまった。パニスは11位だった。

散々なデビューをしたゾンタであるが、第14回ベルギーグランプリで大きなチャンスを迎えた。

予選はウェットな路面に苦しみコースアウト。20番手からのスタートとなったゾンタだが、本番ではものすごい追い上げをみせた。ベルギーグランプリ本番、セーフティカーが3回も出てくる波乱の中、オープニングラップの混乱に乗じてゾンタは10番手まで順位を上げた。ジェンソン・バトンとデビッド・クルサードがクラッシュしセーフティカーが導入された後、ゾンタは残り3周まで4位を走行していた。このままいけばToyota最高位獲得かと思われたが、まさかのエンジントラブル発生で10位となってしまった。パニスはフロントウイングを失うトラブルにもめげず8位入賞を果たした。