我慢の2005年
Category: 09:我慢の2005年
昨年の飛躍とは裏腹に、2005年は我慢しなければならないレースが続いている。
開幕戦ではバトン8番手、琢磨はクラッシュにより19番グリッドからのスタートとなった。バトンはスタート直後こそポジションをキープしていたが、あまり動きのない展開の中、ずるずると後退し、11位。琢磨はトランスミッショントラブルで14位に終わった。いきなり暗雲立ち込める展開となった。
第2戦マレーシアグランプリでは佐藤琢磨が発熱により欠場。サードドライバーのアンソニー・デビッドソンが代打出場した。チームの勢いもないが、もっと調子がでないのは佐藤琢磨だ。7月25日現在1ポイントも獲得できておらず、F1では唯一のノーポイントドライバーとなってしまっている。そもそもレースを乗れないときも多い。
琢磨の不運さの極めつけは第4戦サンマリノグランプリだ。バトンが3位表彰台、琢磨が5位入賞と安定した走りを見せたBARの2台だが、FIAにより最低重量違反との通告を受け、失格となってしまったのである。次回スペイングランプリでバトンは表彰台をもぎとったが、琢磨は以降ポイントを獲得する機会を得ていない。
さらに、アメリカグランプリでのミシュランタイヤの事件だ。BAR-Hondaはタイヤにミシュラン製のものを採用しているが、金曜の走行中に同じミシュランを使用するToyotaのラルフ・シューマッハがクラッシュをおこした。それがどうやらミシュランタイヤの特性によるものだということが判明し、そのまま決勝を行うことは危険だと判断された。ミシュランタイヤを採用している7チームはFIAとスタート時間ぎりぎりまで協議したがFIAが何も措置をとらないと決断したため、フォーメーションラップが終了したところで7チーム14台がぞくぞくとピットイン。そのまま棄権となった。
佐藤琢磨にとって不運だったのが、このアメリカグランプリが昨年はじめて表彰台に登った縁起のいいグランプリだったということだ。もちろん今年も表彰台を狙っての参戦だったが、思わぬアクシデントでリタイアせざるを得なくなった。
その後も琢磨は順調にレースを終えることができずにいる。果敢にアタックした結果のコースアウトやエンジントラブル、スタート直後の混乱に巻き込まれるなど、走りの姿勢そのものは積極的なものの、結果を出すには至っていない。
開幕戦ではバトン8番手、琢磨はクラッシュにより19番グリッドからのスタートとなった。バトンはスタート直後こそポジションをキープしていたが、あまり動きのない展開の中、ずるずると後退し、11位。琢磨はトランスミッショントラブルで14位に終わった。いきなり暗雲立ち込める展開となった。
第2戦マレーシアグランプリでは佐藤琢磨が発熱により欠場。サードドライバーのアンソニー・デビッドソンが代打出場した。チームの勢いもないが、もっと調子がでないのは佐藤琢磨だ。7月25日現在1ポイントも獲得できておらず、F1では唯一のノーポイントドライバーとなってしまっている。そもそもレースを乗れないときも多い。
琢磨の不運さの極めつけは第4戦サンマリノグランプリだ。バトンが3位表彰台、琢磨が5位入賞と安定した走りを見せたBARの2台だが、FIAにより最低重量違反との通告を受け、失格となってしまったのである。次回スペイングランプリでバトンは表彰台をもぎとったが、琢磨は以降ポイントを獲得する機会を得ていない。
さらに、アメリカグランプリでのミシュランタイヤの事件だ。BAR-Hondaはタイヤにミシュラン製のものを採用しているが、金曜の走行中に同じミシュランを使用するToyotaのラルフ・シューマッハがクラッシュをおこした。それがどうやらミシュランタイヤの特性によるものだということが判明し、そのまま決勝を行うことは危険だと判断された。ミシュランタイヤを採用している7チームはFIAとスタート時間ぎりぎりまで協議したがFIAが何も措置をとらないと決断したため、フォーメーションラップが終了したところで7チーム14台がぞくぞくとピットイン。そのまま棄権となった。
佐藤琢磨にとって不運だったのが、このアメリカグランプリが昨年はじめて表彰台に登った縁起のいいグランプリだったということだ。もちろん今年も表彰台を狙っての参戦だったが、思わぬアクシデントでリタイアせざるを得なくなった。
その後も琢磨は順調にレースを終えることができずにいる。果敢にアタックした結果のコースアウトやエンジントラブル、スタート直後の混乱に巻き込まれるなど、走りの姿勢そのものは積極的なものの、結果を出すには至っていない。