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    <title>日本の注目レーシングチーム</title>
    <link>http://www.racing-team.biz/</link>
    <description>F1気になるJapan Power!2005</description>
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      <title>日本の注目レーシングチーム</title>
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    <item>
 <title><![CDATA[F1ジャパンパワー]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=13</link>
<description><![CDATA[<strong>▼F1の日本勢参戦</strong><br />
F1の「F」とは「フォーミュラ」であり、排気量や重量などによるレーシングカーのクラス分けのことである。自動車レースはF1だけでなくほかにも存在するので、その中のFというわけだ。1というのは単純に「ナンバーワン」を意味する。つまりフォーミュラ1は世界最高峰のレースということになる。<br />
<br />
この世界最高の舞台でも日本が注目されている。ドライバーでいえば誰もがその名を聞いたことがあるだろう佐藤琢磨だ。日本人ドライバーが走るとなれば、日本国民が応援しないわけはない。チームでいうとToyota、ホンダがその名を轟かせている。<br />
<br />
F1の各チームにタイヤを供給している企業は2つあり、それらはミシュランとブリヂストンである。意外と注目度が低いように思えるが、ブリヂストンだってジャパンパワーと言えるだろう。それもF1で7チーム14台が使用し、ミシュランの3チーム6台と比べるとかなりの差。チーム戦略や車体との相性もあるだろうが、これは立派である。<br />
<br />
<strong>▼フルコンストラクターとエンジン供給</strong><br />
F1に参戦しているチームはおおきくフルコンストラクターと外部エンジン使用チームに分類することができる。Toyotaはフルコンストラクターで、ホンダはBAR(ブリティッシュ・アメリカン・レーシング)にエンジン供給をしている形だ。そういうわけで、BARホンダというチーム名になっているのである。<br />
<br />
フルコンストラクターというのは、一般的にシャシー(車台)とエンジンの両方を製作しているチームを呼ぶ。F1で走っているToyotaのマシンはもちろん車体もToyota作ということである。一方でBARホンダはエンジンのみがホンダであり、車体はBARが作っているのである。<br />
<br />
<strong>▼F1での注目レーシングチーム</strong><br />
このように、世界最高峰のF1という舞台で頑張っているToyotaとBAR-Hondaが文句なしに日本のレーシングチームといえるだろう。ここでは、これら2つのレーシングチームがこれまでどのように発展してきて、そしてどのような方向へ向かっているのかを取り扱ってみよう。自動車産業で世界上位を走る日本だけに、F1界でも重要な位置にいることが分かるはずだ。<br />
<br />
このようにF1では他国にひけをとらない日本勢。ジャパンパワーとも呼ばれるその勢いを、順に見ていくことにしよう。<br />
]]></description>
 <category>01:F1ジャパンパワー</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=13</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:50:10 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[自動車業界で日本の雄・ToyotaのF1レーシングチーム]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=12</link>
<description><![CDATA[<strong>▼2002年より参戦</strong><br />
ToyotaがF1に参戦したのは2002年シーズンからのことである。それまでにもトヨタとモータースポーツのかかわりは深く、CARTやル・マン、ダカールラリーなどで実績を残していた。<br />
<br />
F1にフルコンストラクターとして参戦するため、いったんWRCは休止状態に。2000年にはF1プロジェクトが始動し、順調にマシン開発を進めていた。2001年にはグランプリサーキットでテストを繰り返し、2002年よりいよいよF1参戦をすることとなった。<br />
<br />
F1マシン開発のため、ドイツのケルンを本拠地とし、2002年のF1開幕戦の前までに500人以上のスタッフをかき集めた。<br />
<br />
<strong>▼2002年シーズンレビュー</strong><br />
ToyotaのF1デビュー年となったこの年、トヨタはドライバーとしてミカ・サロとアラン・マクニッシュを迎え、開幕戦オーストラリアグランプリに望む。<br />
<br />
レースは大波乱。勝者こそフェラーリのミハエル・シューマッハが2番グリッドから圧勝となったが、完走が全22台中8台のみ。こうした厳しいレースをミカ・サロが見事6位入賞し、Toyotaはデビュー戦でいきなりポイント獲得となった。非常に上々のスタートだった。<br />
<br />
ToyotaとともにF1デビュー戦となったマクニッシュはスタート直後バリチェロとラルフ・シューマッハがクラッシュを引き金とした大混乱に巻き込まれ、無念のリタイアとなっていた。<br />
<br />
しかしデビュー戦の快走がビギナーズラックだったかのようにその後は不振が続く。第3戦ブラジルグランプリでミカ・サロがふたたび6位入賞したほかはまったくのノーポイント。この年はフェラーリ勢がミハエル・シューマッハとバリチェロ合わせて17戦15勝とすさまじい勢いだった中、Toyotaは計2ポイントでコンストラクターズランキング10位と低迷した。実に1位フェラーリの100分の1以下という大差がついていた。<br />
<br />
ポイントは獲れなかったものの、チーム状態はそれほど悪くなかった。特にミカ・サロはコンスタントに1ケタ順位に食い込んできていた。F1参戦初年度としては立派に戦っていただろう。<br />
]]></description>
 <category>02:Toyotaの軌跡</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=12</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:48:38 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[2003年シーズンレビュー]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=11</link>
<description><![CDATA[2003年はまずドライバーが2名とも入れ替わった。オリビエ・パニスとクリスチアーノ・ダマッタが加入し、2年目も飛躍を目指した。<br />
<br />
開幕から4戦はポイントなしのレースが続いたが、4月の第5戦スペイングランプリで念願のポイント獲得。ダマッタが13番グリッドから一気に追い上げて6位入賞した。一時は両ドライバーとも入賞圏内にいたが、パニスがピットアウト直後のギアボックス故障でリタイア。残されたダマッタはルーキーながら一時は4位に浮上するほどの走りを見せ、最後はラルフ・シューマッハと5位争いを繰り広げた。<br />
<br />
第8戦カナダグランプリで今度はパニスが負けじと入賞し1ポイントを獲得。2台とも順調な走りをみせ、ダブル入賞かと期待さえるものの8位走行中のダマッタがサスペンションのトラブルでリタイア。それでもパニスが何とか追い上げ、8位でチェッカーを受けた。<br />
<br />
第12戦ドイツグランプリはトヨタチーム第2の本拠地・ケルンがある。チームとしてはホームグランプリであり、一気のポイント獲得を狙った。ここまで4戦連続で10位以内に入りポイントを貯めつつはあるが、そろそろポイントを大量獲得といきたかっただろう。<br />
<br />
その期待通りパニスとダマッタがダブル入賞をとなり、同一グランプリでは最高の7ポイントを獲得した。2台同時にポイントを摂るというのは2002年参戦以来の目標であり、わずか29戦目での目標達成はすばらしい。<br />
<br />
第15戦アメリカグランプリではパニスが予選で3位となり、Toyotaとして予選最高位をマークした。決勝では雨によるサーキットコンディションの変化に振り回されてしまい、入賞はできずに終わった。<br />
<br />
2003年、Toyotaはコンストラクターズランキングでは9チーム中8位と、順位そのものは2002年の11チーム中10位と大差がなかった。しかしながら総合16ポイントが示すように入賞回数が増えたことは明らかに大きいだろう。<br />
]]></description>
 <category>03:2003年シーズンレビュー</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=11</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:47:39 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[2004年シーズンレビュー]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=10</link>
<description><![CDATA[この年でF1参戦3年目となったToyotaであるが、2004年シーズンも成績面では押しなべて大きな進歩は得られなかったというのが全体の印象である。しかしながらチームとして、そしてコンストラクターとして、着実に進化していることは間違いない。<br />
<br />
2004年に獲得したポイントは総合9ポイントと、前年を上回ることはできなかった。<br />
<br />
注目の開幕戦はダマッタ・パニスとも決勝では12・13位フィニッシュ。それでもパニスは予選2日目でエンジンストールし、18番グリッドからのスタートだけあって健闘したといえるだろう。<br />
<br />
2004年初ポイントは第6戦モナコグランプリ。予選ではパニスとダマッタがそれぞれ予選13、15番手と落ち込んだものの、決勝では巻き返してダマッタが6位、パニスが8位に食い込んだ。<br />
<br />
パニスがフォーメーションラップを2回もスタートできず、またダマッタもピットスルーペナルティを受けるなど、決勝でもいろいろな困難が生じた。それでいてダブル入賞を成し遂げられたことはまさにチーム力が高くなってきた証拠である。<br />
<br />
第8戦のカナダグランプリではチームとしてピンチに立たされてしまう。レース自体は2台ともすこぶる安定した走りをみせ、ダマッタが8位、パニスが10位と健闘した。しかしレース終了直後、ToyotaとWilliams BMWにFIAから車両規定違反の裁定が下されてしまう。<br />
<br />
フロント・ブレーキ・ダクトに違反があるとのことだったが、Toyotaはこれに対し「誤差の範囲内で許容できる」と主張。結果的に不服申し立てを行うまでには至らなかったが、シャシー部門のテクニカルディレクター、マイク・ガスコイン氏は「遺憾だ」としている。<br />
<br />
第9戦アメリカグランプリではパニスがF1通算150戦目となる記念レースだった。予選終了後にはパニスを祝うパーティが開催された。<br />
<br />
この記念レースでパニスがベテランの力を発揮する。予選で8番手につけ決勝への期待を膨らませると、本番では見事5位に入った。これは2003年ドイツグランプリに並ぶ最高位であった。11番グリッドからスタートしたダマッタは追突で車体にダメージを受け、その後持ち直すもののギアボックスの不調でリタイアとなってしまった。<br />
<br />
ドイツグランプリ終了後、Toyotaはそれまでサードドライバーだったリカルド・ゾンタが昇格したと発表した。公式練習などで見せるドライビングテクニックを評価された形だ。次回ハンガリーグランプリより早速参戦することとなった。<br />
<br />
そのゾンタの初レースは予選15番グリッドからのスタート。厳しい戦いが予想されたが、決勝になってゾンタは追突スピンで後退。その後も電気系トラブルが発生して31周のところでリタイアと、残念なレースとなってしまった。パニスは11位だった。<br />
<br />
散々なデビューをしたゾンタであるが、第14回ベルギーグランプリで大きなチャンスを迎えた。<br />
<br />
予選はウェットな路面に苦しみコースアウト。20番手からのスタートとなったゾンタだが、本番ではものすごい追い上げをみせた。ベルギーグランプリ本番、セーフティカーが3回も出てくる波乱の中、オープニングラップの混乱に乗じてゾンタは10番手まで順位を上げた。ジェンソン・バトンとデビッド・クルサードがクラッシュしセーフティカーが導入された後、ゾンタは残り3周まで4位を走行していた。このままいけばToyota最高位獲得かと思われたが、まさかのエンジントラブル発生で10位となってしまった。パニスはフロントウイングを失うトラブルにもめげず8位入賞を果たした。<br />
]]></description>
 <category>04:2004年シーズンレビュー</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=10</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:47:26 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[2005年、さらに進化するToyota]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=9</link>
<description><![CDATA[2004年9月16日、Toyotaは来期よりレーシングドライバーとしてWilliams BMWのラルフ・シューマッハと、Renaultのヤルノ・トゥルーリと契約すると発表した。ゾンタは2005年以降もドライバーとしてチームに残り、またパニスはサードドライバーとして現役を続行する。<br />
<br />
著者の観点から言わせてもらうと、Toyotaの新ドライバー二人は間違いなく一流である。ラルフ・シューマッハはいわずとしれたワールドチャンピオン　赤い皇帝ミハエルの弟であり、優勝も何度か経験している。日本とはかかわりが深く、1995年のフォーミュラニッポンのチャンピオンとしても有名。一方のトゥルーリは2004年モナコグランプリで初優勝を飾っている。<br />
<br />
2005年に入るとToyotaの躍進が始まった。開幕戦オーストラリアグランプリはノーポイントに終わったがトゥルーリが予選で2番グリッドを確保。第2戦マレーシアグランプリではトゥルーリがいきなり2位フィニッシュ。ラルフ・シューマッハも5位となり、2戦目にして12ポイントと昨年を上回った。<br />
<br />
その後もポイントを確実に稼いでいる。次戦バーレーングランプリではトゥルーリが2戦連続2位に加え、ラルフが順位をひとつ上げて4位。合計13ポイントを獲得した。<br />
<br />
ポイントを獲得できなかったレースはアメリカグランプリのみであるが、これはミシュラン勢が一斉にリタイアしたため、やむをえないものと言えるだろう。それ以外では走れば必ず入賞していることとなり、現時点(7月25日現在)で57ポイントを獲得、コンストラクターズランキングで4位となっている。<br />
]]></description>
 <category>05:2005年、さらに進化するToyota</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=9</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:47:12 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[Toyota・F1マシンの変遷]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=8</link>
<description><![CDATA[<strong>▼進化するToyotaマシン</strong><br />
2002年にF1参戦したといっても、マシン開発はもちろんその前から入念に行われてきた。日本の自動車企業の代表としてその名をとどろかせるToyotaがF1マシン技術においてどのような位置にあるのか、F1マシンの変遷をみていこう。<br />
<br />
<strong>▼TF101</strong><br />
2001年にテスト用として開発されたマシン。当初はサロがクラッシュするなど不安定さを晒していたが、テストを重ねるにしたがって徐々に安定感が増してくる。<br />
<br />
<strong>▼TF102</strong><br />
2001年年末には来期のF1デビューを見越し、新型であるTF102を発表した。エンジンも改良し、TF101に積んでいたRVX-01の開発者ノルベルト・クライヤー氏が今回も手がけたRVX-02を採用。<br />
<br />
<strong>▼TF103</strong><br />
F1参戦最初の1年を終え、Toyotaは2シーズン目となる2003年の1月に新型マシンを発表した。主に現行技術の改良がなされ、TF102をよりパワーアップさせた形に仕上がった。軽量化やダウンフォースなどの空力まわりも進歩した。エンジンも新型のRVX-03 V10を新たに開発。16ポイントでコンストラクターズランキング8位に貢献した。<br />
<br />
<strong>▼TF104</strong><br />
やはりTF103からの改良強化が主となったが、シャシーは全てのエリアに改良が加えられている。前年度モデルであるTF103は競争力が高かったがその高性能を引き出せなかったという反省に基づいている。<br />
<br />
2004年はこのマシンをダマッタとパニスが駆り、コンストラクターズランキング8位となっていた。なお、シーズン後半はラルフ・シューマッハもこのマシンに乗っている。<br />
<br />
<strong>▼TF105</strong><br />
2004年後半戦からはTF104Bという新モデルを投入したToyotaだったが、その開発を凍結して新型TF105の開発に集中するという決断がなされた。2004年シーズン後半の苦戦はこうした事情によるところもある。<br />
<br />
さらに今シーズンからレギュレーションが大きく変わったこともあり、対応するようなクルマづくりも重要だった。結果、空力部分では約25%のダウンフォースを失うことになった。<br />
<br />
新レギュレーションへの対応としては、もっとも興味深いのがエンジンだろう。今シーズンより1基のエンジンで2レースを走りぬかなくてはならなくなり、エンジンの耐性を上げなくてはならなかった。もともとは400km程度しかなかったエンジン寿命が約4倍の1500kmまで引き上げられ、技術進歩のスピードをみせつけた。<br />
]]></description>
 <category>06:Toyota・F1マシンの変遷</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=8</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:46:55 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[Toyotaの今後]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=7</link>
<description><![CDATA[F1参戦から丸3年が経過したところではあるが、当初より健闘してきたToyota。今年はラルフ・シューマッハとヤルノ・トゥルーリの加入により大幅にパワーアップし、今のところコンストラクターズの上位争いに食い込んできている。2005年シーズン後半もこの勢いのままいくと思われる。<br />
<br />
さらに、Toyotaはまだ優勝を経験していない。トゥルーリが2位フィニッシュをしたことがあるが、これから先どのタイミングでToyotaが初優勝を成し遂げるのかが見所だ。<br />
<br />
Toyotaは独自のカンバン方式により改善を繰り返し重ねることで自動車業界のトップに立った。もちろんF1チームにもこの考え方は受け継がれているだろう。マシンも毎年改良を重ね、着実によいものがつくられてきている。Toyotaレーシングチームの今後に期待しよう。<br />
]]></description>
 <category>07:Toyotaの今後</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=7</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:45:40 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[Lucky Strike BAR-Hondaについて]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=6</link>
<description><![CDATA[<strong>HondaとBARの歩み</strong><br />
<strong>▼Honda、栄光のF1史</strong><br />
HondaはToyotaとかなり違い、かなりの歴史と実績をF1に残している。<br />
<br />
HondaがF1参戦を開始したのは1964年。当時はシャシー開発も手がけるフルコンストラクターとしての参戦だった。参戦当初からエンジン開発技術の高さを見せつけ、他を一歩リードするエンジンを生み出し続けていた。<br />
<br />
第二期F1活動と呼ばれるのは1983年からの10年間。このときHonda黄金時代を迎えることとなる。このころからエンジン供給に注力し、WilliamsやMclarenと組んでいた。特にMclaren時代にはあのアイルトン・セナを擁し、5年連続コンストラクターズランキング1位や、1シーズン16戦15勝など、驚異的な速さをみせつけていた。<br />
<br />
<strong>▼BARのF1参画</strong><br />
BARは1997年にクレイグ・ポロック、レイナード・レーシング・カーズ、そしてブリティッシュ・アメリカン・タバコによって組織された。本拠地はイギリスのノーサンプトンに近いブラックリーという場所だ。<br />
<br />
BARはブリティッシュ・アメリカン・レーシングの略であり、主な広告スポンサーにブリティッシュ・アメリカン・タバコがなっている。F1中継などでBARのクルマを目にすると思うが、ラッキーストライクの赤丸が目を引くことだろう。<br />
<br />
F1チームとしてBARがデビューするのは1999年シーズンから。組織されてからわずか2年後のことだ。ドライバーとしてビルヌーヴとゾンタをすでに迎えており、開幕戦のオーストラリアグランプリで初レースを経験した。年間を通じてポイントを獲得することはできなかった。<br />
<br />
<strong>▼HondaとBARのかかわり</strong><br />
Hondaの第三期F1活動は2000年からはじまり、今に至るものである。<br />
<br />
HondaはBARとパートナーシップを組み、2000年からF1に復帰した。ビルヌーヴ、ゾンタと引き続きドライバー契約を結び、20ポイントを獲得しコンストラクターズランキングで5位となった。前年の0ポイントからすればかなりの躍進であり、Hondaエンジンの高性能ぶりがうかがい知れる。ビルヌーヴも安定して入賞する活躍をみせ、ドライバーとして才能も開花したようだった。<br />
<br />
翌2001年はビルヌーヴとパニスというドライバー陣で戦った。表彰台を2回経験するなどしたが、シーズンを通じては成績を落してしまった。またこの年からHondaはJordanチームにもエンジン供給を開始し、こちらのドライバーにはハインツ・ハラルド・フレンツェンとヤルノ・トゥルーリを迎えた。最終的にはJordanが19ポイントで5位、BARが17ポイントで6位となっている。<br />
<br />
2002年になるとJordanのドライバーに佐藤琢磨が登場する。パートナーはジャン・カルロ・フィジケラとなった。フィジケラはシーズン中盤に3戦連続表彰台を飾るなど、チームの原動力となる走りを見せている。BARのドライバー勢に変化はなかった。2002年シーズンはJordanが9ポイント6位、BARが7ポイント8位となっている。<br />
<br />
<strong>▼BARへエンジンを独a占供給</strong><br />
2003年、HondaはBARにエンジンを独占供給することを決定。これにより佐藤琢磨はJordanチームを離れることとなったが、BAR-Hondaにテストドライバーとして受け入れられる。琢磨はこの年クルマ開発に携わり続けた。シーズン最終戦の日本グランプリでビルヌーヴの代わりに急遽参戦し、6位入賞を果たした。<br />
<br />
BAR-Honda飛躍の年は2004年に訪れる。前年度よりジェンソン・バトンがドライバーとして加わり、世界チャンピオン経験者であるビルヌーヴを凌ぐほどの活躍を見せていた。この年からは佐藤琢磨が正ドライバーとして加わり、11回の表彰台を獲得した。常勝軍団のフェラーリには一歩及ばなかったものの、119ポイントを得て堂々のコンストラクターズランキング2位となっていた。<br />
<br />
さらに日本人にとってもっともうれしかったことは、第9戦アメリカグランプリで佐藤琢磨が3位表彰台を飾れたことだろう。Jordan時代の2002年は通算2ポイント、2003年は日本グランプリの3ポイントときていた佐藤琢磨は、この年見事34ポイントを獲得し、ドライバーズランキング8位まで上ってきていた。琢磨の飛躍、Hondaエンジンの大活躍と、2004年は21世紀になってもっともジャパンパワーが炸裂した年だろう。<br />
<br />
2005年になり、HondaはF1参戦体制をさらに強化した。BARに45%資本参加し、一層の連携強化を画策。今シーズンよりレギュレーションが変更され、2レース1エンジンという規定になり、エンジンサプライヤーのHondaとしては技術開発のしがいがあるシーズンとなったことだろう。<br />
]]></description>
 <category>08:HondaとBARの歩み</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=6</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:44:10 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[我慢の2005年]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=5</link>
<description><![CDATA[昨年の飛躍とは裏腹に、2005年は我慢しなければならないレースが続いている。<br />
<br />
開幕戦ではバトン8番手、琢磨はクラッシュにより19番グリッドからのスタートとなった。バトンはスタート直後こそポジションをキープしていたが、あまり動きのない展開の中、ずるずると後退し、11位。琢磨はトランスミッショントラブルで14位に終わった。いきなり暗雲立ち込める展開となった。<br />
<br />
第2戦マレーシアグランプリでは佐藤琢磨が発熱により欠場。サードドライバーのアンソニー・デビッドソンが代打出場した。チームの勢いもないが、もっと調子がでないのは佐藤琢磨だ。7月25日現在1ポイントも獲得できておらず、F1では唯一のノーポイントドライバーとなってしまっている。そもそもレースを乗れないときも多い。<br />
<br />
琢磨の不運さの極めつけは第4戦サンマリノグランプリだ。バトンが3位表彰台、琢磨が5位入賞と安定した走りを見せたBARの2台だが、FIAにより最低重量違反との通告を受け、失格となってしまったのである。次回スペイングランプリでバトンは表彰台をもぎとったが、琢磨は以降ポイントを獲得する機会を得ていない。<br />
<br />
さらに、アメリカグランプリでのミシュランタイヤの事件だ。BAR-Hondaはタイヤにミシュラン製のものを採用しているが、金曜の走行中に同じミシュランを使用するToyotaのラルフ・シューマッハがクラッシュをおこした。それがどうやらミシュランタイヤの特性によるものだということが判明し、そのまま決勝を行うことは危険だと判断された。ミシュランタイヤを採用している7チームはFIAとスタート時間ぎりぎりまで協議したがFIAが何も措置をとらないと決断したため、フォーメーションラップが終了したところで7チーム14台がぞくぞくとピットイン。そのまま棄権となった。<br />
<br />
佐藤琢磨にとって不運だったのが、このアメリカグランプリが昨年はじめて表彰台に登った縁起のいいグランプリだったということだ。もちろん今年も表彰台を狙っての参戦だったが、思わぬアクシデントでリタイアせざるを得なくなった。<br />
<br />
その後も琢磨は順調にレースを終えることができずにいる。果敢にアタックした結果のコースアウトやエンジントラブル、スタート直後の混乱に巻き込まれるなど、走りの姿勢そのものは積極的なものの、結果を出すには至っていない。<br />
]]></description>
 <category>09:我慢の2005年</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=5</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:42:48 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[BAR-Hondaのマシン]]></title>
 <link>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=4</link>
<description><![CDATA[今年2005年にBAR-Hondaが使用しているマシンは、基本的に昨年大躍進したものをベースにしている。今年の変更点としては、空力性能とエンジンが強化されたこと。<br />
<br />
Hondaが資本面でのテコ入れをBARに対しおこなっていることもあり、Hondaがかなりの程度シャシー開発にもかかわっている。エンジンはもちろんHondaの技術の粋を集めたものだ。現在使われているエンジンはHonda RA005E Technical Specificationというモデルだ。<br />
]]></description>
 <category>10:BAR-Hondaのマシン</category>
<comments>http://www.racing-team.biz/index.php?itemid=4</comments>
 <pubDate>Tue, 30 Aug 2005 20:42:29 +0900</pubDate>
</item>
  </channel>
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